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価値観の差から新たな動き

pen  薬害肝炎の報道特にテレビ番組 tv  では、女性集団と男性集団が対峙している価値観の差を感じる点があります。双方とも真剣に対話をしても価値観の差が潜在しそこに感性の差から認識の差を埋められず、不幸な事態になった面を推測します。問題が表面化してマスコミを介した情報から多くの人の声が上がり、議論が本筋からずれたところに収束帰結し真の問題解決が遅れることを危惧します。誰もが立場は異なっても、薬害肝炎の救済を急ぐことが第一で、さらに二度と起してはならないシステムの見直しが第二と考えます。

clip  日本の医療政策決定段階を考えると専門分野の識者が参画しているはずで、フィブリノゲン認証段階またはその後の段階で、行政官と識者に価値観の差があったのではと疑ってしまいます。高度医療技術が駆使される医学分野の価値観が、他分野の行政官・一般社会人にそのまま理解認識されるには無理があると考えます。そこで次に同様の不幸な問題が発生しないことを願い、医学分野の価値観の特殊性を感じる点を書いてみましょう。

danger  医学論文には臨床事例の報告があります。また予防医学では集計や統計結果の報告があります。その中で相関係数というものが使われますが、医学分野特に臨床事例では0,5  0,6  0,7  0.8  0,9 などの数値に、ある種の相関が意味づけられます。これが工学分野になりますと 0,99999  と限りなく1に近いことが要求され、初めて意味づけされることになります。両分野の人がこの価値観の差を認識せずに共同作業をする場合などで、相関があるとかないとか言葉として進行するわけです。価値観の差が見過ごされたままとなります。双方とも自己の専門分野では一般普遍化している価値観による行動です。しかしこの問題が後に影響が出てくることになります。

danger  次に、医学の診断から医学分野の特殊な面に触れましょう。病気は一つの検査値異常で診断が下されることはまれで、多くの場合は複数の検査項目や所見から総合的に診断が下されます。しかし、社会では一つの検査項目で正常・異常とする価値観が生まれ、一つの検査項目について意味づけをすることが文化にまでなっていると感じます。健康診断や成人病健康診断では数値ごとに異常値がなければ、良好または問題なしと過信が生まれていると感じます。さらに、検査値の見方・読み方などのタイトルで多くの医師が検査値別に解説しています。著者は読者との価値観の差に気づいていないか、そこに表現しきれていないと考えます。このような価値観の差を埋めるには人材育成・システム構築が必要になってくると考えられます。

その一つの試みに東京大学では2004年以来、医療政策立案者・医療提供者・患者支援者・ジャーナリストの異なるステークホルダーが共に学び合う場として医療政策人材養成講座を開きました。ここでは、4つのステークホルダーが互いに知恵を出し合うことで、新しい仕組みが次々に生まれています。21健医総研」に所属する渡辺千鶴主任研究員も第1期生として、この講座にチャレンジし修了しています。thunder

その後も渡辺主任研究員は、同講座の有志と研究活動を続け、今年4月に日本患者会情報センター(http://www.kanjyakai.net/)を設立しました。複雑になってきた医療を従来の専門家だけで担うよりも、患者や国民の意見を積極的に取り入れ協働することによって、よりよい医療が実現できるという理念です。患者団体を一つの「社会資源」として、患者さんを「自らの病気とともに社会生活を営む生活者としての知識の蓄積をもつ専門家」として位置づけ、医療者とともに協働できる仕組みづくりの構築をめざす、「患者参加」の促進です。価値観の差を埋めるための新たなシステムの構築が始まったと考えます。heart01

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